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神戸家庭裁判所 昭和37年(家)1606号 審判 1962年12月11日

国籍 インド 住所 神戸

申立人 ケール・ジャクルド・ラディア(仮名)

国籍 英国 住所 神戸市

事件本人 グレア厶・レインズ(仮名)

国籍 インド 最後の住所 神戸市

遺言者 ジャクルド・シェルブ・ラディア(仮名)

主文

遺言者ジャクルド・シェルブ・ラディアの遺言執行者である事件本人を解任し、その遺言執行者として、申立人を選任する。

理由

(申立と主張)

申立人代理人は主文同旨の審判を求め、申立理由として、つぎのとおり述べた。

1  申立人の夫であつた被相続人ジャクルド・シェルブ・ラディアは一九五五年九月二日付で、(イ)遺言執行者は全債務、および葬儀費用を速に支払うこと、(ロ)妻である申立人に対しては、再婚しないかぎり、生存中の生活資金を与えること、(ハ)娘カール・ジャクルド・ラディアに対しては、二〇才に達し生存している場合には、金四〇、〇〇〇ルビーを与えること、(ニ)残余遺産は、子ソラキ・ジャクルド・ラディアに与えること、(ホ)遺言執行者は大阪市香港上海銀行に指定する旨の、書面による遺言をして、昭和三五年三月二一日死亡した。

2  しかし、指定遺言者大阪市香港上海銀行は一九六〇年六月一〇日その指定の受諾を拒絶したので、申立人は遺言執行者の選任申立をし、神戸家庭裁判所は昭和三五年(家)第一〇七〇号事件で審理の結果、昭和三五年一二月六日その遺言執行者として、事件本人を選任し、事件本人が一部その執行をしたところ、インドの裁判所において、事件本人は、つぎの理由により、遺言執行者としては、インド相続法上欠格理由に該当することが判明した。

被相続人ジャクルド・シェルブ・ラディアはパーシー族に属し印度相続法(一九二五年法令第三九号、一九二五年九月三〇日公布)によると、指定遺言執行者が指定を受諾しないときには、その指定がなかつたものとされ(同法第二三一条)、総遺産または残余遺産の受遺者が遺産管理人となり(同法第二三二条)、受遺者が未成年者である場合にはその法定後見人(Iegal guardian)が遺産管理人となる(同法第二四四条)。それ故、申立人が前叙一の遺言執行者となるのが相当で、前叙、事件本人の選任は失当であるから、事件本人を解任した上、申立人をその遺言執行者に選任されたい。

(証拠)

申立人は、パーシー族である証明書、出産証明書を提出した。

当裁判所は、申立人、事件本人を審問した。

(当裁判所の判断)

印度国籍を有する遺言者が日本に最後の住所を有した場合、その最後の住所地を管轄する日本の家庭裁判所が遺言執行者選任および解任の裁判管轄権を有すると解するのが相当であるから、本件は神戸家庭裁判所の管轄に属する。そして、法例第二六条第二五条により、本件の準拠法は、印度相続法(一九二五年法令第三九号、一九二五年九月三〇日公布)であるものというべきである。

申立人提出のパーシー族である証明書、出産証明書、および、当庁昭和三五年(家)第八九六号遺言書検認事件記録ならびに当庁昭和三五年(家)第一〇七〇号遺言執行者選任事件記録に編綴されてある各証拠、検認調書、審判書を総合すると、申立人主張の各事実が認められる。

遺言者がパーシー族である場合、印度相続法によると、指定遺言執行者が指定の受諾を拒んだときは、その遺言執行者指定部分は指定がなかつたものとして、総遺産または残余遺産受遺者が遺言書の検認申立を許容され(原則としては、指定遺言執行者のみが検認申立権者である。同法第二二二条)、同人に遺産の全部又は未管理部分に対して、遺言書を添附した遺産管理状(letters of administration with will annexed)が付される(同法第二三二条)。本件において、申立人は残余財産受遺者として検認申立をし、遺言書中申立人に関する部分につき、右法条に基き、選任をまたずに、その管理(動産については処分)権限を有する(Comp. D.F. Mulla; Plinciples of Hindu Law, P.P. 473-475.)ので、申立人受遺部分についてだけならば、敢て遺言執行者の選任を要しないであろう。

しかし、遺言者の遺言中、子カールおよびソラキに関する部分は、申立人は、右法条によつては遺産に関し管理等の権限を有しない。印度相続法上もこの場合の明文規定はないが、未成年者が唯一の残余財産受遺者(Sole risiduary Legatee)である場合には、法定後見人(the legal guardian)または裁判所が適当と認める者に、遺言書を添付した遺産管理状が与えられ、成年に達するまでその職務を行わせる(同法第二四四条)ものとしている。母親は、印度民法上、再婚しないかぎり、父に次いで、法定後見人となる。(Comp. D.F. Mulla ; op. cit. P.P. 613, 615. M.N. Srinivasan ; The Hindu Law, P.80) したがつて、本件では、申立人が子カールおよびソラキ両名の法定後見人となり、同法第二四四条を準用し、前叙遺言中、子カールおよびソラキに関する部分について、申立人に遺言書を添付した遺産管理状を付与し、申立人を遺産管理人(administrator) とすべきものである。このような遺産管理人を遺言執行者(executor)に選任するのが印度相続法上最も妥当である、と解する。

もつとも、同法第二四四条によると、裁判所が適当と認める者をも遺産管理人に選任できることになつており、右規定は、遺言執行者の選任にも準用されるものと解される。しかし、裁判所は、法定後見人に欠格事由その他権限を制限すべき特段の事情がある場合に、法定後見人以外の者を選任することができるのにすぎず、それ以外の場合には、その選任権限を有しないものと解するのが相当である。(M. N. Srinivasan ; op. cit. p. 80)は、「通常母親はその未成年男子の身上監護、財産管理につき後見人となるべき強い請求権(strong claim)を有している。そして、この権利は、十分な理由がなければ無視することができない。」と述べ、また、D.F. Mulla ; op. cit. p.616 は、母親の宗旨変更について、「印度では通常子供は父親の宗教に従うべきものとされる。民法上及び社会上の身分についても、同様である。故に、特に制限すべき事情(controlling circumstances)がなければ、一般に後見人は未成年者をその宗旨に従い教育する義務を負う。それ故、印度教の母親が改宗する場合、それが未成年者の利益であるならば、裁判所は未成年者を母親の監護から解放して、印度教の後見人に後見させることができる。」と述べていることなどから、裁判所の選任権限について、前叙のように解される。)したがつて、この点からみても、神戸家庭裁判所が昭和三五年一二月六日同年(家)第一〇七〇号事件で、法定後見人でない事件本人を遺言執行者に選任したことは、失当であつたというほかない。

なお、同法第二四四条末項の未成年者が「遺言書の検認は、未成年者が成年に達した後になされる。」との規定は、本件の場合には、未成年者カールおよびソラキの法定後見人である申立人が残余財産受遺者の一人でもあるから、準用がないものと解する。

よつて、遺言者ジャクルド・シェルブ・ラディアの遺言執行者である事件本人を解任し、あらためて、その執行者に申立人を選任することとして、主文のとおり審判する。

(家事裁判官 高木積夫)

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